アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(487)岡義武「国際政治史」(岩波全書を読む3)

岩波全書の岡義武「国際政治史」(1955年)は、ヨーロッパ近代の国際政治の歴史を概観したものである。本書は第一章の「ヨーロッパにおける国際社会の成立」の欧州にて主権国家の成立たる絶対主義の出現より始まり、市民革命から帝国主権へ、さらには全体主権(ファシズム)を経て最終章「世界政治の現段階」の現代にまで至る国際政治の流れを概説している。これを具体的な歴史事項に即していえば、絶対主義体制下のヨーロッパ各国の継承戦争を起点にして、それからフランス革命とウィーン体制を見て、第一次・第二次の二つの世界大戦を経ての戦後の米ソ冷戦にまで至る、本書執筆時の現代までの国際政治を扱っている。

岡義武「国際政治史」は昔から有名な書籍で、以前は大学での西洋史や国際政治関係の講義では基本のテキストとして採用され、多くの学生に読まれていたらしい。また外交官志望や海外派遣駐在が決まった社会人にも学び直しの必読の書として広く支持されていたという。私は1990年代に大学進学して在籍した世代だが、私の時代には大学の西洋史ないしは国際政治の講義では、さすがに岡の「国際政治史」は古い書籍で必携のメインのテキストとしてもう採用されることはなかったけれど、それでも参考文献として紹介されたり、時に政治学者・岡義武の業績に触れられることはあった。こうしたことは今ではそこまで鮮明に覚えてはいないが、大学在籍の時点で政治学者の岡義武を私は既に知っていたし、その頃から岡の主要著作はだいたい読み始めていたから、当時より岩波全書「国際政治史」を始めとした岡義武の話題は周りに割とあったと思われる。

また昔は国際政治関係の書籍は、マルクス主義流行のあおりを受け(これは本物のマルクス主義ではなくて「俗流マルクス主義」のそれでしかない不当なものであるのだが)、国際政治関連の類書にて、共産主義・社会主義を標榜する旧ソ連と中国を暗に持ち上げて贔屓目(ひいきめ)に書き、他方、日本やアメリカら資本主義諸国に対してはやたら批判的で厳しく書く傾向のものが多くあって、それらマルクス主義に傾倒の左派的な偏向書籍が忌避されて結果、比較的客観公平記述の岡の「国際政治史」が好まれ、よく読まれたという時代背景の事情もあるらしい。確かに岡義武はマルクス主義者ではないし、マルクス主義的な経済・歴史概念の用語を使って歴史記述することは皆無であった。その辺りの決してマルクス主義の左派的理論歴史の時代の流行の波に安易に乗らない、明確に一線を画(かく)する非マルクスな所は、岡義武は非常にしっかりしていた。

現在でも岡義武「国際政治史」を所有し、折に触れて読み重ねると、それなりに自身の身になるのではないか。昔の書籍であるが、今日読み返してみても、そこまで古い見解の考察や明らかな間違いの致命的失策記述は見られないのである。

政治学者の岡義武の仕事には、主に以下の三つのものがあった。

(1)近代ヨーロッパ史概観、(2)近代日本の政治家評伝、(3)明治・大正の政治史概説

岡による政治学研究の生涯仕事がこれら三つのものから主になっていることは、岡義武(1902─90年)の逝去後に出された「岡義武著作集」全八巻を通読するとよく分かる。岡の生涯仕事をまとめた著作集は、主にこれら三つの分野からなるのであった。

(1)の「近代ヨーロッパ史概観」のものは、岩波全書の「国際政治史」や、「近代ヨーロッパ政治史」(1956年)の仕事が挙げられる。(2)の「近代日本の政治家評伝」には、「近代日本の政治家」(1960年)や「山県有朋」(1958年)や「近衛文麿」(1972年)らの著作が該当する。特に岡「近代日本の政治家」の中の「最後の元老・西園寺公望」の章と、岡の岩波新書「近衛文麿」は名作であると思う。「性格がその人の人生を決定する」旨の岡義武による政治家評伝での口上は秀逸だ。未読な方は是非。

(3)の「明治・大正の政治史概説」は、帝国議会における政党勢力図や各回選挙の動向を踏まえた細かな政局史も含んだ明治・大正の政治史を概説する岡義武の仕事である。この分野の仕事に当たる「明治政治史」と「転換期の大正」が岡の著作集からピックアップされ近年、岩波文庫で復刊された(「明治政治史」は上下巻で2019年、「転換期の大正」も2019年に岩波文庫に収録)。それを知った時、私は非常に驚いた。岡義武の発掘と再評価の動きが今、確実に来ているのか!? 

岩波全書の岡義武「国際政治史」も近年、岩波現代文庫(2009年)から改訂・再発されているし、その他の岡の著作も最近はよく復刻・復刊されている。政治学者・岡義武の読み直しと再評価が、さらに進むことを私は願う。