アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(97)桑原武夫「一日一言」

岩波新書の青、桑原武夫「一日一言」(1956年)は、普通に読む新書とは少し趣向の変わった面白い本だ。全ページが1年365日の日付に分割されており、1月1日から12月31日まで1日ごとに「一日一言」の古今東西、世界の偉人の名言が掲載されてある。

「一日一言」とはいうものの、短い一文の「一言」フレーズではなくて、それなりの適度な長さのまとまった文章が引用されている。その「一言」の内容は誠に岩波新書らしく、いずれも世界の名言たるにふさわしい。 人間の生命倫理や人格尊重を謳(うた)うもの、普遍的倫理や人間道徳の規範を指し示すもの、形而上哲学や宗教哲学の深遠を極めるもの、人間の個性の伸長や努力の奮闘を進めるもの、科学真理の探求を促すもの、人類社会の平和と進歩を求めるもの、人間や自然の芸術の美を掘り下げるものといった内容により主になる。

他方から言って、特定の人種や民族や国家や宗教や文化、その他、性別や容姿や嗜好で社会的少数弱者(マイノリティ)である人達を、あからさまに差別し侮辱・抑圧攻撃するような、今日問題にされているヘイトスピーチ的言辞の対極にある内容を1956年発行の新書とはいえ、結果として編者の桑原武夫が確信犯的に連続して選択し本書「一日一言」を編(あ)んでいるといった所だろうか。本書書評にて「毛沢東や幸徳秋水の左翼の社会改革者の名言を桑原武夫は偏(かたよ)って好んで取りあげる」云々の批判が昔からあるが、私はそこまで気にならない。

「一日一言」とはいいながら、日によって時に「一言」の文章はなく、モノクロではあるが割りと大判のきれいな絵画や彫刻や仏像の写真のみが掲載の場合もあり、例えば1月1日は葛飾北斎「富嶽三十六景」錦絵の富士山の図版に万葉歌人・山部赤人の長歌と短歌、例えば8月13日はフランス革命のドラクロア「民衆をひきいる自由の女神」の大判絵画だけの掲載など、ビジュアル面でも気を引くインパクトある紙面構成となっている。私は昔から本新書の作りに感心していた。また毎日ごとの「一言」の発言ないしは執筆をなした歴史的人物の顔写真や肖像イラストが漏(も)れなく各人、掲載されているのも魅力だ。とにかく本を開いてページーをめくって見た目が良い新書なのである。

昔から現代に至るまでの古今東西、様々な世界の歴史上の人物による「一日一言」が、今まで人間社会が積み重ねてきた人類の歴史の偉大さを「教養の重み」として感じさせてくれる。そうした心持ちだ。本書「一日一言」の副題は「人類の知恵」である。

特に最初から順番に熱心に読むわけではなく、パラパラとめくり気に止まった日付の「一日一言」をよりぬきで所々を読み流すのが楽しい新書だと思える。「人類の知恵」という「一日一言」の記載文章の内容が優れており、ページ内のレイアウトがよく練(ね)られていて視覚的構成も印象良く絵画写真図版もきれいで、書かれた文字を熱心に読む書物というよりは楽しんで見る写真集やイラスト集といった感じに近い。所有し日々携帯して出先で読んでも感じの良い書籍である。これだけの内容が文章と図版ともに実にコンパクトに一冊にまとめられており、「紙で出来た書籍の良さ」を岩波新書の青、桑原武夫「一日一言」は改めてしみじみと感じさせてくれる。