アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(106)中村光夫「日本の近代小説」

先日、現代文予備校講師の出口汪(でぐち・ひろし)のラジオ講座「NHKカルチャーラジオ・文学の世界・カリスマ講師に学ぶ近代文学の名作」を連続で聴講して面白かった。出口汪は、大本(教)の教祖・出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)の曾孫(ひまご)である。氏は王仁三郎に非常に顔立ちが似ている。

出口汪の「近代文学の名作」講座は、森鴎外「舞姫」から夏目漱石「こころ」、太宰治「人間失格」を朗読しながら、封建的規範意識から逸脱し解放されて自身の中に個を発見し「自由」になっていく近代日本人の個人主義的自我の芽生えの生成と、他方で家や身分制度の後ろ楯を失って孤独や不安の実存問題に苛(さいな)まれる個の近代的自我のあり様との葛藤を日本近代文学史を通して概説していく文学講義の内容であった。

日本近代文学に関しては、何よりも「近代」ということの意味を考えなくてはならない。「近代」は人間中心主義の時代であり、前近代の呪術性・魔術的なものから人間が解放され遺憾なく主体性を発揮できる一方で、人間の欲望、エゴイズムの負の問題、いわゆる「人間悪」の問題も絶えずついてまわる。もちろん、前近代の人間にも欲望エゴイズムの問題はあるが、自身のエゴを見つめ意識化して修正できるのは「近代」の人間のみである。それゆえ「近代」文学は、この人間悪のエゴイズムの問題に深く切り込まなければならない。

出口汪の「近代文学の名作」講座では、封建的規範意識から逸脱し解放され、家や身分制度の後ろ楯を失って孤独や不安に襲われる個の近代的自我の実存的あり様のみが強調されすぎて、他方で人間の自己の欲望充足、近代人のエゴイズムが他者に及ぼす人間悪の負の問題には全く触れないのであった。例えば、夏目漱石が「こころ」を通して男女の恋愛の三角関係を執拗に何度も繰り返し書くのは、それが恋愛における三角関係にて男女二人が恋愛成就して幸福になると、必ず一人の不幸な失恋者を出す、「他者の不幸の上に自分たちの幸福を築く」人間悪の究極のエゴイズムの発露であるからに他ならない。個人主義にて自在に欲望充足を果たそうとして結果、他者を傷つける近代人の人間悪の問題を見つめ、それを文学作品を通じてえぐり出す使命を帯びた日本「近代」文学の本領についての指摘解説が、出口汪の「近代文学の名作」講座にはなかった。私には、その点が少しだけ残念だった。

日本近代文学の支柱は「明治─大正─昭和」と三時代に区分し、それに「夏目漱石─芥川龍之介─太宰治」を重ねて点を線にして読めば、とりあえず間違いはないのでは、と思える。私は一時期、ちくま文庫の「漱石全集」と「芥川全集」と「太宰全集」を書棚に置いて日本文学に関しては彼ら三人ばかり繰り返し何度も読んでいたことがあった。実際、この三人の作品を繰り返すだけで日本近代文学は十分なのであった。同時代の文学者たちと読みくらべてみても漱石、芥川、太宰は突出してずば抜けている。頭一つ抜けていると思う。

「日本近代文学史」は誠に気の毒である。よく学校の国語のテストや受験勉強で代表的作家や有名作品や文学者グループの名称を覚えるよう指導され、「実際に小説を読んでもいないのに文学者や作品名を覚えるのはナンセンスだ」と日本近代文学史は馬鹿にされる。確かに、作品を読んでもいないのにタイトルや著者だけ覚え知っているのは何とも馬鹿馬鹿しい気がする。しかし、自分の好きな文学者の作品をランダムに読むのと平行して文学史カテゴリの整理のために時に「日本近代文学史」を読んでみるのも良いのではないか。

例えば岩波新書の青、中村光夫「日本の近代小説」(1954年)である。本新書は明治・大正を主とした時系列の日本近代文学史概説の体裁だ。「硯友社」や「白樺派」の章がある。「森鴎外」や「夏目漱石」の章もある。鴎外や漱石が「××派」や「××主義」にて他作家とまとめられることなく、個別に論じられているのは同時代の他の文学者とくらべて彼らが突出しており別格である、と著者に目されているからに違いない。

「日本近代文学史」は分(ぶ)が悪い。例えば西洋哲学史ならば、後出のどんな哲学者でも必ずギリシア哲学のプラトンとアリストテレスの始原を参照し、そこから始める。そして誰でもデカルトとカントを必ず通過する。プラトンやアリストテレス、デカルトやカントを読まない(知らない)自称「哲学者」は、はっきり言ってモグリでありインチキである。先人哲学の問題意識や方法論を引き継ぎ、時に批判的に継承して自らの思考を各人哲学者はやるので後に哲学史をまとめて記述する者は、大抵どんな人が書いても筆が噛(か)み合って整序の統一感が出る。ところが文学者は白樺派や自然主義など同じグループの派閥があったとしても、それは「あってなきが如く」であって、文学者らは過去の先人の問題意識や方法論を厳密に踏まえず継承することなく、自身の世界観に依拠して割合、奔放自由に作品を書く。よって後にまとめられる文学史も整序の統一感がなく、いつも恣意的で散漫な感じがする。特に日本近代文学史に関しては「日本文学史序説」(1975年)を書いた加藤周一ほどの力量がある人でさえ、あのように散漫記述になってしまうのかの驚きの印象が私にはあった。

岩波新書の青「日本の近代小説」の日本近代文学史も、まとまりがなく散漫である。しかし、それは文学史そもそもの性格として致し方ない。著者の中村光夫は、巻末の「あとがき」にて「(岩波新書編集部から依頼を受け本書を)書きだしてからもう三年ごしになります。…半年ほど雑誌の原稿をやめて、この本に専念しました」と書いているけれど、いかにも大袈裟である(笑)。あれは普通の標準的な日本近代文学史であって、そこまで「三年ごしの書き仕事」であったとか、最後は他の雑誌の原稿仕事も断って「半年ほど、この本に専念した」となるような苦労を強いられる仕事では本当はないはずだ。