アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(236)立石泰則「戦争体験と経営者」

岩波新書の赤「戦争体験と経営者」(2018年)の著者・立石泰則は、本新書上梓時には企業取材を始めて約四十年になるという。そんな著者による岩波新書「戦争体験と経営者」の概要はこうだ。

これまで立石が出会って取材した企業経営者をいま一度振り返り彼らを評価し直してみると、経営理念も経営手法もまったく異なる様々な個性の経営者たちであっても、彼らの間には「明確な一線」を引ける何かがあるという。それはいったい何か。つまりは、それこそが本書のテーマである経営者における「戦争体験」の有無である、と著者はいう。この戦争体験の有無こそが、経営者としてだけでなく人間としての生き方、営みに決定的な影響を及ぼしたのではないか、と。

私は本書の読み方は少なくとも二つあると思う。一つは各経営者の戦争体験の語りから反戦平和の心情思想を読み取り、そのまま共有することだ。もう一つは戦争体験を経て後に各自の経営哲学にまで高められた彼ら経営者の人間尊重の経営理念を、現在の非戦争体験者にありがちな人間疎外の利潤追求のみの我利我利(ガリガリ)の金の亡者の残酷経営と対立させて、今日の資本主義的経営に対する現状批判の文脈にて読み返すことだ。

前者の例でいえば、西武グループの堤清二の事例がそれに当たる。堤は青年期に空襲体験を持ち、経営者の企業人というよりは最初は文学を志していた。学生時代には日本共産党に入党しようとした。後に父親が経営する西武百貨店に入店。その傍ら自身の戦争体験に基づき、憲法第九条をめぐる改憲の動きに反対して出来た「マスコミ九条の会」の呼びかけ人になった。またダイエー創業者の中内功は、戦時動員されルソン島で飢餓に苦しんだ戦争体験者であった。ゆえに中内も「戦争になれば国家や軍需産業は儲かるかもしれないが、われわれ一般国民はたまったものじゃない」旨の反戦平和の立場を戦後に貫き、「他人のために生きる」「消費者のためによい品をどんどん安く売る」の経営哲学を持っていた。阪神淡路大震災の際には、中内のダイエーは真っ先に被災者支援に乗り出した。

後者の例でいえば、ケーズデンキ創業者の加藤馨は、自身の軍隊経験から「日本軍は兵士の命を軽く扱う」「個を生かせず、全体を破滅に導いたのが日本軍の敗北の真相」と語り、顧客と社員を大切にする「親切と愛情を持って」の経営を戦後に実践した。すなわち、顧客に対しては「明朗会計と無料修理」、自社社員に対しては「定年まで働いたら財産ができる組織に」の加藤の経営哲学である。またワコール創業者の塚本幸一は、インパール作戦に従軍した戦争体験者であり、多くの仲間兵士がなくなる中で「なぜ自分だけが生き延びたのか」「戦友の死が与えた自分が『生かされている』人生」を悟ったという。そうして自身の戦争体験に基づく「平和への希求」から、戦後に「女性を美しくする」の経営目標を掲げた。また「人間尊重の経営」「信頼の経営」からワコールの労使関係にても、労組との間で互いに人間不信に陥らない交渉を進める経営へ到達できたとする。

これら少なくとも二つはある岩波新書「戦争体験と経営者」に対する読みであるが、前者の経営者の戦争体験から戦後の反戦平和の心情思想を、そのまま読み取り共有することよりも、後者の彼ら経営者が自身の過酷な戦争体験を自分の中でかみ砕き、それを戦後の事業経営に繰り込み、自身の経営哲学にまで理念化し昇華させた後者の人間尊重の経営理念、そのことを人間疎外の利潤追求のみの今日の資本主義的経営に対する現状批判の文脈にて理解する読みの方が本質的であり、優れている。単に戦争体験者の語りから反戦平和の心情思想を読み取り共有することは、殊更(ことさら)に企業経営者の語りに特化させる必要はない。経営者以外の戦争体験者の語りでもよい。だが戦争体験から得た反省を戦後の事業経営に繰り込むことは、戦争体験を持つ経営者にしか出来ないことであるからだ。

そういった意味では岩波新書の赤、立石泰則「戦争体験と経営者」には戦争体験を持つ多くの経営者が登場するが、「日本軍は兵士の命を軽く扱う」と批判し、その反省を自身の組織経営の哲学に取り込んだケーズデンキ創業者の加藤馨の語りと、本論にて著者が指摘するように、やや神がかり的な発言思考ではあるが(笑)、「戦友の死が与えた『生かされている』人生」の心境に到達して戦後に「平和への希求」から「人間尊重の経営」に乗り出したワコール創業者の塚本幸一の語りの箇所が特に面白く、私には強く印象に残った。

「戦地に赴き、戦後は経営者として活躍し、地位と名声を築いた人たちがいる。彼らの若き頃の苛烈な『戦争体験』は、その後の生き方や企業観、経営手法に、どのような影響を及ぼしたのか。企業取材歴四十年のノンフィクション作家が、取材の過程で出会った経営者たちの肉声をふり返りながら考える」(表紙カバー裏解説)