アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(342)末木文美士「日本思想史」

岩波新書の赤、末木文美士(すえき・ふみひこ)「日本思想史」(2020年)は、新書のわずか250ページ余で古代から近現代までの文字通りの「日本思想史」を一気に概観しようとする新書だ。このように限られた紙数の中で全時代の主要項目(主な思想家や思想や学派ら)を漏(も)れなく書き入れようとすれば、高校生向けの日本史教科書のように無難記述の凡庸な書籍になってしまう。かといって制約された紙面にて、著者が書きたい思想家、触れたい思想に絞って集中的に論じると、「その記述の濃淡の取捨選択基準は何なのか」が読み手に皆目わからない自己満足記述の身勝手な「通史」になってしまう。

この点に関し、岩波新書「日本思想史」の著者・末木文美士にぬかりはない。氏は本書の最初に「第一章・日本思想史をどう捉えるか」の序論を置いて、古代から近現代までの具体的な日本思想史の本論に入る以前に、本書での日本思想の通史概説の基本方針に以下の3つを挙げている。

(1)「日本思想史への視座」(かつて中江兆民は「わが日本古(いにしえ)より今に至るまで哲学なし」と述べたが、それは兆民が西洋思想や近代主義と比較して日本には合理的思想がないとしただけで、西洋と比較して、あたかも日本人は無原則でいい加減な生き方を古来より今日までしてきて西洋思想における近代の概念や思想の普遍的原則がないように思えるけれども、実はそうではない。西洋タイプとは異なった日本人なりの理屈や人間認識や世界観や望ましい政治の日本人独自の「日本思想史」があるはずである)

(2)「日本思想史の構造・王権と神仏」(日本思想史を大きな流れとしてその全体像を捉えようとする場合に、日本思想を形成する根本的な要素として王権と神仏という対抗する二つの軸を考えることができる。王権は国家統治に関する政治的な機能を有し、その点で世俗的な権力を表す。これに対して神仏は世俗を超えたところから世俗的な次元に力を及ぼすもので、宗教的な要素ということができる。こうした王権と神仏の二元的理解により、本書では日本思想史に対し、(A)大伝統─古代から近世江戸までと(B)中伝統─近代明治から第二次世界大戦敗戦までと(C)小伝統─第二次世界大戦敗戦以降の三時代区分が設定できる)

(3)「前提としての中国」(日本思想史の大きな特徴は、常に外来思想に決定的に規定されながら、その中でどのように独自のものを打ち出せるかということが求められてきたことにある。その外来思想は、前近代においては中国思想であり、近代においては西洋思想であった。特に中国思想は、常に中国の巨大で先進的な思想文化に圧迫され、それを受容しながらも、日本においてはそれに対する反発もずっと持続し、日本の自立性を模索する動向が日本思想史を動かす大きな動力となっていた)

もはや言うまでもなく、(1)から(3)の日本思想史概説の方針は、「それが歴史的事実と照らし合わせて正しいかどうか」の実証史実の正誤性の問題ではなくて、この3つの方法論が日本思想史を概論するに当たり、「どこまで古代から近代の日本思想の歴史に例外なく広く機能的に対応でき、かつ各時代の日本思想を深く捉え本質的に掘り下げることができているか」の採用理論の方法論の有用性の問題である。そのことの成否は、第二章の古代から第十二章の近代に至るまでの「日本思想史」の具体的な思想史記述の本論を読んで読み手が各自で確かめるしかない。

一読後の私の印象評価としては、(2)の「日本思想史の構造・王権と神仏」に著者の筆の力が一番入っており、「なるほど」と思わせ先をどんどん読ませるものが確かにある。(3)の「前提としての中国」は「まぁそうかもね」の可もなく不可もなく。(1)の「日本思想史への視座」は全くダメで、失礼ながら「西洋思想における近代の概念や思想の普遍的原則がないように思えるけれど、実はそうではなくて。西洋タイプとは異なった日本人なりの理屈や人間認識や世界観や望ましい政治の日本人独自の『日本思想史』があるはず」の「視座」設定が著者の日本思想史執筆の力量を越える。例えば(1)に該当な典型事例に近代の西田幾多郎の西田哲学があって、その「京都学派と近代の超克」(205─207ページ)の本書記述を私は前もって相当に期待して読んだけれど、(おそらく)この人は「京都学派」の思想も「近代の超克」座談も掘り下げて詳しくは知らないのだと思う。誠に期待はずれで「京都学派と近代の超克に関し、もう少しマシなことを書け」のヤジの一つも私は飛ばしたくなる。

岩波新書「日本思想史」の著者、末木文美士は本書の前に同じく岩波新書から「日本宗教史」(2006年)を上梓している。「日本宗教史」の内容を本書「日本思想史」のそれに対応させれば、先に挙げた日本思想の通史概説に際する基本方針の3つの中の(2)の「日本思想史の構造・王権と神仏」に重なるものだ。よって、岩波新書の末木文美士「日本思想史」と連続して同じ岩波新書の「日本宗教史」も読むとよいのではないだろうか。