アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(68)十川信介「夏目漱石」(その2)

(前回からの続き)夏目漱石は、近代の人間悪追及の日本近代文学の正統で超一流の破格な文学者であったが、忌憚(きたん)なく率直に言って、人間そのものが描けない小説が下手な小説家であった。「こころ」(1914年)を執筆の頃までの漱石は。

夏目漱石の小説執筆の実質的仕事は、書き出す以前の登場人物の各人設定と人物相関の構想作成までである。とにかく漱石は小説の人物関係装置にこだわった。そして、そのほとんどが男女の恋愛の三角関係装置だ。「虞美人草」(1907年)以後、夏目漱石の長編小説は、最初にあらかじめ男女の三角関係の人物相関の仕組みを配置して、その結末の主題テーマを事前に大きく設定しておけば、後は書き足すにつれて小説内にて男女の登場人物らが恋愛の人間関係に応じて勝手に苦悩し自動的に行動し、最後は読み手にインパクトを与える結末テーマに応じた決断をそれなりにやってくれる。作者の手を離れて勝手に小説人物達が動く。彼ら彼女らは最初に漱石が構想した人物相関や小説構想の主題結末に沿うような都合のよい、一面的な人間でしかない。ゆえに夏目漱石の小説は、登場人物の皆が自動で動く平板な役割人形のようなものになってしまう。「虞美人草」から「こころ」までの漱石は人間そのものが描けていない。

夏目漱石「こころ」では、私が慕(した)う先生が友人Kを同じ下宿の隣室に自ら招いて住まわせ、下宿先のお嬢さんに対するKの思いを知っていたにもかかわらず、Kを出し抜いて結婚の申し込みをしてお嬢さんと一緒になってしまい、それを知ったKは自殺し、後にお嬢さんと夫婦になった先生は罪の意識に苛(さいな)まれ、「明治の精神」に殉死する決心をする。恋愛における三角関係は男女二人が恋愛成就して幸福になると、必ず一人の不幸な失恋者を出す。しかし、そういった「他者の不幸の上に自分たちの幸福を築いた」自身のエゴイズムに未だ苦悩し続ける先生とは対照的に、かつてのお嬢さんで今では先生の妻である静が、自分が先生と一緒になったことでKを自殺の死に誘引したことに少しも引っかからないし全然思い当たらないし、自分たち夫婦の「幸福」が「他者の不幸の上に自分たちの幸福を築いた」エゴイズムの発露たること、そして先生がそのことに罪の意識を抱いてに未だ苦悩し続けていることに全くもって気づかないのは、漱石の「こころ」を読んでいて相当に不思議だ。

なるほど、昔の男女は恋愛に奥手(おくて)で、男女間の感情の機微(きび)や駆け引きの恋愛技術(テクニック)には疎(うと)いかもしれないが、いくらお嬢さんが下宿先の箱入り娘で純情であったとしても、異性の相手からの思いに感応して察し気づくことは恋愛以前の問題であり、「こころ」を持った人間なら普通に出来る。漱石の「こころ」を読む者は一読して、先生の妻である静の人間描写の不自然さに気づくはずだ。

漱石は、恋愛にての三角関係は男女二人が恋愛成就が必ず一人の不幸な失恋者を出す究極のエゴイズムの発露に他ならないことにある時から気づき以後、自らの作品にて男女の恋愛の三角関係を何度も執拗に多用し書き重ねていく。その際に漱石は三角関係の恋愛成就で相手を押しのけ、他者を不幸に陥れ代わりに自身が「幸福」になったがゆえに、最後に主人公にもたらされる悲劇の結末を作品ごとに前もって決めて書いている。作品ごとの主人公の結末は「社会的に抹殺される」(「それから」)か、「一生涯、憂鬱(ゆううつ)の生活を強いられる」(「門」)か、「自から死を選ぶ」(「こころ」)かだ。しかも漱石は作品を書き継ぐにつれ「社会的抹殺」から「一生涯の憂鬱」、そして「人間の死」へと徐々に結末悲劇の傾斜を強める書き方をしている。

夏目漱石「こころ」において友人Kと先生は作中で二人ともに、なぜ自殺してしまうのか。従来の漱石論にて様々に議論され推測されてきた。先生に裏切られた友人Kの絶望、友人Kを裏切った先生の良心の呵責(かしゃく)の罪の意識、乃木大将の殉死の報に接し先生も「明治の精神」に殉ずる覚悟の腹を決めた、高等遊民たる先生の近代知識人としての孤独など。しかし、それら友人Kや先生の自殺の原因理由に関する議論の勝手な憶測は実にくだらない。

なぜ「こころ」にて友人Kと先生が二人ともに自死を遂げるのか、一番の差し迫った核心の理由といえば、漱石が、三角関係の恋愛成就で相手を押しのけ、他者を不幸に陥れ代わりに自身が「幸福」になったがゆえに、最後に主人公にもたらされる悲劇の結末を作品ごとに連続して書くに当たり、最後の結末を最初から決めて連作として一貫して結末相違の傾斜をつけて計画的に書き抜こうとしているからである。漱石は作品を書き継ぐにつれ「社会的抹殺」から「一生涯の憂鬱」、そして「人間の死」へと徐々に結末悲劇の傾斜を強めるようにわざと周到に書いている。前作「門」にて夫婦が「一生涯、憂鬱の生活を強いられる」の結末悲劇を書いた時点で、次作の「こころ」では「自から死を選ぶ」の結末悲劇にする他なく、作者の漱石は作中の友人Kと先生を死に至らしめ殺すしかないのである。仮に「こころ」にて、友人Kと先生が自死を決意せず死ななければ、漱石の「こころ」は「門」の続編としての文学作品の存在価値がなくなってしまう。「こころ」という作中にて友人Kと先生が二人ともに自死で自ら死を選ぶのは、例えば「近代人の自我の不安」や「近代知識人(インテリ)の孤独」などという大層な大袈裟なものではない。

漱石が「門」(1910年)を書き終えた時、それへの実質的続編となる次回長編「こころ」の結末は、恋敵の相手を死に至らしめ、罪の意識に苦悩して自身も最後に死を決意するラストを最初から決めて、その結末から逆算して「こころ」は書き出している。人間の死とは個人的なものだ。当人一人だけの孤独な決断である。そのため「こころ」において、ラストに自死を決意する先生は、常に一人孤独の中で友人Kを葬り去った自身の罪悪を感じながら生きて、最後に一人で死を決断し死ななければならない。三角関係の実は複雑な人間関係を経て先生と一緒になった、本当はKの死に対して半ば責任があるはずの潜在的加害者であり共犯者たる先生の妻・静が、友人Kを死に至らしめた自分たちの罪悪に気づいて先生と同様に罪の意識に苛まれ苦しんでいたら、作者の漱石が困る。そのように先生夫婦が二人で友人Kの死への責任罪悪を共有していれば、互いに思いを遂げて恋愛成就で夫婦になって本当は「幸福」だったはずなのに「罰として一生死ぬまで憂鬱(ゆううつ)の生活を強いられる」、以前の「門」のモチーフと重複してしまうからだ。「こころ」にて、先生が「一人で死を選ぶ」新しい結末悲劇につながらない。

「こころ」において、自己の人間エゴの罪の意識に苦悩して最後に孤独のうちに自死に至る先生は、一貫して常に孤独でなければ最後に自ら死を選択して死ねない。だから、話の構造上どんなに人間描写が不自然になっても、現実にはほとんどあり得ないことなのだが、先生の妻・静は、小説の中では自分が先生と一緒になったことでKを自殺の死に誘引したことに少しも引っかからないし、全然思い当たらない。自分たち夫婦の「幸福」が「他者の不幸の上に自分たちの幸福を築いた」エゴイズムの発露たること、そして先生がそのことに罪の意識を抱いて未だ苦悩し続けていることに不自然なまでに全くもって気づかないのだ。

「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好(よ)いお友達が一人あったのよ。その方がちょうど卒業する少し前に死んだのです。急に死んだんです。…実は変死したんです。…けれどもその事があってから後(のち)なんです。先生の性質がだんだん変って来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。…しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化できるものでしょうか」(「上・先生と私・十九」)

彼女は恐ろしく鈍感な女である。むしろ、逆に彼女が全くもって気づかないからこそ、先生の本来の苦悩に思い至らず、「あなたは私を嫌っていらっしゃるんでしょう」とか「何でも私に隠していらっしゃる事があるに違いない」と静は自分自身を見当違いに責めて彼女が勝手に悲しむので先生は余計に苦しめられ、先生の孤独は余計に増しに増して、だからこそ今まで背負い蓄積してきた自身の孤独な苦しい思いを「先生と遺書」にて、最期に「遺書」という形で私に対してだけ(すなわち読者に対してのみ)、淀(よど)みなく一気呵成(いっきかせい)に告白できるのである。夏目漱石「こころ」は、そういった語りの構造になっている。

かつてのお嬢さんで今では先生の妻である静の、こうした人間描写の不自然さ以外にも、「こころ」には普通に読んで気づく、おかしな人間描写や無理な人物設定がいくつかある。否(いな)、漱石の他作品でも、特に「虞美人草」から「こころ」までの長編漱石には、そうした不自然な人間描写の事例はいくつも指摘できる。それは作品ごとに決まった主題テーマと結末悲劇を前もって決めて、それに沿って辻褄(つじつま)が合うように漱石が、事前に入念に登場人物の各人設定と人物相関図の構想作成を行った上で書き出しているからである。だから、作中の彼ら彼女らは、最初に漱石が構想した人物相関や小説構想の主題結末に沿うような都合のよい、一面的な人間でしかない。登場人物の皆が自動で動く平板な役割人形のようなものになってしまう。

作品内の個人は、それなりに悩み葛藤しているように読めるが、それら苦悩や葛藤は彼ら登場人物そのものの人間的なそれではない。あらかじめ作者の漱石により設定された人間エゴイズム主題に従って苦悩し葛藤する、夏目漱石が掲げた主題テーマに奉仕する体(てい)での作中人物らの「苦悩」であり「葛藤」(らしきもの)であった。漱石は人間そのものが描けていない。

思えば夏目漱石に関しては漱石存命中から同時代文芸批評にて、「漱石作品は人物が類型的」という批判は多かった。例えば「こころ」にて、「上・先生と私」と「中・両親と私」のタイトルが対照的なことからも明白なように、私にとって「先生と両親」はきれいに対照(コントラスト)をつけられ、あらかじめ漱石によって周到に書かれ過ぎている。郷里の両親は私を大学に行かせて一応の学問も修めたのだから、「卒業した以上は、少なくとも独立してやって行ってくれなくちゃこっちも困る。人からあなたの所のご二男は、大学を卒業なすって何をしてお出でですかと聞かれた時に返事ができないようじゃ、おれも肩身が狭いから」の世間に顔が立たない云々の世俗的で、ある意味、善良な田舎の人達である。かたや東京の先生は学問も修めて学識教養もあるが、しかし職に就かず高等遊民的に暮らす、「私は淋(さび)しい人間です」とまで言い切る人である。血縁の血のつながりがある俗っぽい父親よりも、いつも憂鬱でどこか寂しげで達観した感のある赤の他人の先生の方に私は心惹(こころひ)かれている。

そして「中・両親と私」のラストで、郷里の実の父親が臨終間近なのに先生の「遺書」を持って東京行きの汽車に飛び乗る、「実父と先生の間で最後は先生の方を選ぶ」という「究極の選択」を作者の漱石は、わざわざ私にさせている。この父親と先生の対比は話としては座りがよく安定して、それなりにきれいであるが、あまりに人物描写が対称類型的であり、人物相互の関係が図式的で対立整序され整い過ぎている。これも「こころ」を実際に書き出す以前の、漱石による綿密な人物相関作成によるものと思われる。確かに小説における人物相関に基づく事前の各人キャラクター作りや人的関係配置は、相互の異なる相違に力点を置いて、あえてそれら両者の対照が明確になるように創造配置する思考操作に他ならないのだが。

以上のように人間そのものが描けていない、役割人形的な人間描写の不自然さや人物設定が類型的過ぎるの難点を持つ夏目漱石の長編小説であったが、しかし転機は確実にあった。それは「こころ」の中での以下のような漱石の記述だ。夏目漱石「こころ」において真に読まれるべき、絶対に読み逃してはいけない箇所であり、漱石文学の歩みの全過程の中でも画期に値する記述である。

「その内妻(さい)の母が病気になりました。医者に見せるととうてい癒(なお)らないという診断でした。私は力の及ぶぎり懇切に看護をしてやりました。これは病人自身のためでもありますし、また愛する妻のためでもありましたが、もっと大きな意味からいうと、ついに人間のためでした。…母が亡くなった後(あと)、私はできるだけ妻を親切に取り扱ってやりました。ただ、当人を愛していたからばかりではありません。私の親切には箇人(こじん)を離れてもっと広い背景があったようです」(「下・先生と遺書・五十五」)

この先生の「遺書」での告白記述は、妻の母の死を看取った後に、友人Kの死に「人間の罪というもの」を深く感じ続けて「自分で自分を殺すべきだという考え」が起き、今後は自身も「死んだ気で生きて行こうと決心」したが、そこで明治天皇が崩御(ほうぎょ)となり乃木大将の殉死の報を聞いて、それが契機となって私も「明治の精神」に殉死する決心をする、つまりは自らの死を遂に決意したと先生が告白する先生の「遺書」の結語の有名な下りである。

漱石による、この記述がなぜ注目に値するかといえば、ここでの先生の告白には妻の母の看取りも妻の静への愛情も、自身にとって「母」や「妻」の役割ある者や個性ある個人に対してのそれではなく、「もっと大きな意味からいうと、ついに人間のためでした」「ただ、当人を愛していたからばかりではありません。私の親切には箇人(個人)を離れてもっと広い背景があったようです」というような、自身にとっての役割指標(母や妻)や個性ある個人(静という女性)を超えた、より普遍的な人間存在そのものに接する新たな広い視界が開かれているからだ。しかも「遺書」での告白による先生の、この人的開眼の自己超越は、実はそのまま書き手たる夏目漱石その人の劇的な人間的変化なのであった。事実、夏目漱石は「こころ」の結語にて以上のような「もっと大きな意味からいう人間そのもの」「個人を離れたもっと広い背景があった」ことを発見したために、自身が決めたあらかじめの主題テーマや結末悲劇に沿った辻褄合わせの平板な役割人形に終始しない、前よりもさらに深められた人間悪のエゴイズム発露のより生々しい、生きた人間存在そのものを以後、直接的に描くようになる。

長編漱石を時代順に読んでいくと私達は気づく。「こころ」から「道草」(1915年)への間で漱石の小説の書き方は明らかに変わっている。「虞美人草」から「こころ」までは、漱石は主題テーマも結末悲劇も各人設定も人物相関も事前に精密に決めて、それに沿うように最初から逆算して辻褄が合うように書いていた。それが漱石の作品において、人間描写の不自然さや人物設定の類型化の難点となっていた。しかしながら、先に引用の「こころ」の結末記述でのある種の発見を経て「こころ」以降の「道草」にて夏目漱石は、事前の詳細設定なく直に「もっと大きな意味からいう、役割や個人を離れた人間そのもの」を書けるようになっていたのである。

この記事は次回へ続く。