アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(325)竹内悊「生きるための図書館」

岩波新書の赤、竹内悊(たけうち・さとる)「生きるための図書館」(2019年)の概要は以下だ。

「人に寄り添い、本の声を届ける。子どもにも大人にも、図書館は多様な場であり、図書館員はそこで本との出会いをつくる。公立図書館設立への原動力となった文庫活動、全国各地で続いている新たな動き、学校図書館の試みなどを、六0年以上にわたって図書館に携わり、九0歳を超えた今も発言を続ける著者が、未来に向けて語る」(表紙カバー裏解説)

本書は、紹介文通りの「公立図書館設立への原動力となった文庫活動、全国各地で続いている新たな動き、学校図書館の試みなどを、六0年以上にわたって図書館に携わり、九0歳を超えた今も発言を続ける著者が、未来に向けて語る」内容の新書である。本書の奥付(おくづけ)を見ると、著者の竹内悊は大学での司書講習を終了後、海外留学してアメリカの大学で図書館学を学び、帰国後に高等学校図書館と大学図書館に司書として勤務。その後、大学で図書館学の教鞭をとり、図書館情報大学教授と同大学副学長、日本図書館協会理事長を歴任した、本書執筆時は90歳を越える、いつの時代もまさに「図書館と共にあった人」である。こうした著者の経歴を知るにつけ、私は日本の図書館全般に学術的に貢献した御歳90を越える著者に尊敬の念を抱かずにいられない。実に頭の下がる思いである。

しかしながら岩波新書「生きるための図書館」を一読して、一生懸命に執筆した著者に誠に気の毒ではあるが、どこか余所行(よそゆき)の何となく白々しい居心地の悪い読み味が正直、私には残る。本書で述べられている「子どもたちへの良質な本の提供」や「東日本大震災の災害から学んだ図書館のアーカイブ(保存記録)活動の大切さ」や「インドの図書館学者ランガナタン博士提唱の図書館学の五法則」の話など読んで「なるほど」と思えるのだけれど、実際に日常の図書館の現場で従事する司書ら図書館職員も一般の利用者の私達も、こうした図書館学の理念や理論とは案外、無関係な所で日々職業従事したり、図書館利用していると思えるからだ。ちょうどこういうのは、司書講習の資格認定の筆記試験や図書館職員の採用面接にて書いたり応答したりすると、採点の担当者や面接官がいかにも大喜びしそうな、そうした現実の図書館現場から遊離した、あくまでも理想的で理論概説的な話であるように思う。

私も地域の公立図書館(県立図書館と市立図書館)を日常的によく利用する。ただ、そういうときは「図書館学の五法則」など知ってはいても、それを考えることは全くない。「読みたい書籍を次々に購入すると出費がかさんで、しかも自宅の書棚のスペースがなくなるので今回は図書館で借りよう」とか、「この本は専門の学術書であまりにも価格が高すぎるので、これは図書館で借りよう。地域の図書館にないときは購入リクエストを出そう」といった案外、現実的な動機と打算の思いで日々、私は図書館に足を運ぶ。

図書館で働く職員も、図書館学の理想や理論よりは現実的で面倒な雑事に日々追われている印象が私には強い。例えば、新聞閲覧コーナーで高齢の利用者がどうしても新聞をめくるときに指にツバを付けてめくるので不衛生のクレームが他利用者からあり、ツバ付けめくり防止のために指用クリームを置いているのに、相変わらず指にツバを付けて新聞をめくる一部の心ない高齢者と見回り注意の図書館員との果てしのない攻防だとか(笑)。あと一般閲覧席なのに、図書館資料を利用しないで持ち込み学習をする規則違反の利用者(この違反をやるのは圧倒的に学生が多い。持ち込み学習の学生は一般閲覧席ではなくて自習室へ行け!)への図書館職員による巡回と注意の雑用も端から見て毎回、非常に気の毒である。

ここ数年来、私が住む地域の公立図書館では館長や資料調査相談コーナーの専門職の司書以外の一般職員は、ほとんどが派遣会社から派遣される非正規の女性職員になってしまった。カウンターでの本の貸出しと返却の受け付け業務や書庫の整理ら、今や図書館の中心的な日常業務はそうした非正規の非常勤職員によりなされている。私が観察する限り、彼女らは非常勤の非正規で契約延長なく、ほぼ全員が1年か2年の短期間で退職していく。彼女らは、いわば「雇い止め」の使い捨てのような過酷な労働契約環境にあり、図書館職員の契約が切れた後、仕事収入の経済的な面で一体どのように生きているのだろうか。私は毎回、図書館に行く度に気になる。そして、こういった公立図書館をめぐる職員の雇用形態や雇用実態の問題は、本新書では全く触れられていない。

本書で述べられているような「本との出会いの提供」や「図書館のアーカイブ(保存記録)活動」など、利用者や地域社会にとっての「生きるための図書館」も大切だが、図書館の現場で日々職業従事している大多数の非正規雇用の図書館職員にとっての「生きるための図書館」はどうなっているのか!?岩波新書の赤、竹内悊「生きるための図書館」を一読して、そうした反感の複雑な思いも私は持った。

最後に。私は図書館が好きだ。図書館という施設の、あの場所の空気や雰囲気が昔から好きなのだ。だから図書館にはよく行く。そして図書館で時間を過ごす。図書館に来ている人は、街の飲み屋や夜の店とは違い、真面目で向上心ある人達がいつも集まっているような気がする。私から見れは図書館で働く司書らも、通常の社会人とは違い常識があり善良な、かなりセンスある人々のように思える。人間は真面目で堅実であるのが一番である。図書館で出会う人は誰でも真面目で誠実な人のように、なぜか不思議と思えて私は勝手に親密の情を抱いてしまう。