アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(205)勝木俊雄「桜」(岩井俊二「四月物語」によせて)

毎年、繰り返し四月の桜の季節になると岩井俊二監督、松たか子主演の映画「四月物語」(1998年)を観たくなってしまう。映画「四月物語」の概要はこうだ。

「『ラブレター』『スワロウテイル』の岩井俊二監督が、松たか子主演で、上京したばかりの女子学生の日常を優しく瑞々しいタッチで描いた中篇。桜の花びら舞う4月、大学進学のため生まれ故郷の北海道・旭川を離れて東京でひとり暮らしを始めた楡野卯月(にれの・うづき)。彼女にとっては毎日が新鮮な驚きであり、冒険だった。だが、彼女がこの大学を選んだのには人に言えない『不純な動機』があった…」

最後の「彼女がこの大学を選んだのには人に言えない『不純な動機』があった」という、劇中の松たか子の北海道の高校から東京の大学へ進学の「不純な動機」というのは、いかにも本作品の監督兼脚本家である岩井俊二の好みの趣味らしい(笑)。

本映画はファーストシーンが雪の中の極寒の北海道は旭川の駅のホームで、主演の松たか子が東京の大学進学で初めての一人暮らしのために、実際の家族である父の松本幸四郎と母の藤間紀子と兄の市川染五郎と姉の松本紀保に見送られて、次のシーンでは一転、暖かな春の桜満開な東京での新生活が始まる。本作は、まさに桜の花びら舞う「四月物語」なのである。「この映画には大した話の筋がない、まるで松たか子の個人的なPV(プロモーション・ビデオ)のようだ」などと時に酷評する方もいるけれど、私は昔から好きな映画である。

私の経験からしても二月の寒い冬の時期に大学入試で不安な辛い思いをして、その後、何とか無事に「サクラサク」で大学合格できて、私も「四月物語」の劇中の松たか子のようにそうだったのだが、大学進学のため10代で初めて実家を離れ知らない街で新たに一人暮らしをする時の解放感、毎日が新鮮でドキドキな新生活の気持ち、新しい街での四月の日差しの暖かさ、きれいな桜が舞う景色。映画「四月物語」には痛く共感できた。

岩波新書の赤、勝木俊雄「桜」(2015年)は、読み味が同じ岩波新書の赤、中谷宇吉郎「雪」(1949年)とどこか似ている。「一物を極めるとはこういうことなのか」「世界にある物の数だけそれに関する学問もある」、そういった心持ちだ。本新書を読んでおくと後々、街路で桜を見かけたり桜の花見をした際に「この桜はどんな品種なのか」とか「この桜の木はいつ頃、植えられたものなのだろう」など思い巡らすようになる。確かに著者がいうように、私も「桜が日本人にとって特別な存在であることを毎年春になると実感する」。

「花は桜。古来より日本人はこの花を愛し、格別な想いを寄せてきた。里の桜、山の桜。豊かな日本の自然に育まれ、多種多様な姿を見せながら息づく桜は、日本人の美意識を象徴する花といえる。生き物としての基礎知識から、人間・歴史・文化とのかかわりまで。私たちの心をとらえてやまない、花の魅力のありかを伝える」(表紙カバー裏解説)