アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

世界史・日本史

岩波新書の書評(302)森本公誠「東大寺のなりたち」

華厳宗大本山東大寺は聖武天皇の発願(ほつがん)に始まる寺院である。東大寺といえば、大仏殿に鎮座する盧舎那仏(るしゃなぶつ)が何よりも想起されるに違いない。岩波新書の赤、森本公誠「東大寺のなりたち」(2018年)にも書かれてある通り、東大寺の歴…

岩波新書の書評(292)小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」

先日、岩波新書の赤、小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」(2014年)を読んでみた。「歴史上の人物の行動には病気が深く関わっていた。遺伝子鑑定や歴史記録の解読を通じて、その真相を推理する。病気持ちの大統領や独裁者、王様たちが歴史をどう変えたか。…

岩波新書の書評(290)家永三郎「日本文化史」

岩波新書の黄、家永三郎「日本文化史」(1982年)は、原始・古代から近世の時代にかけての日本文化の歴史の概観である。以下のような「Ⅰ・原始社会の文化」の章での著者の家永三郎による書き出しを読むにつけ、「いかん、この人は従来型の国家の歴史を中心と…

岩波新書の書評(289)吉川幸次郎「漢の武帝」

漢の武帝(前159─87年)は、前漢第7代皇帝である。前漢は武帝時代に事実上の中央集権化が達成され、武帝は匈奴を始め周辺民族を従属させて儒学の官学化ををはかり、漢の全盛期を形成した。岩波新書の青、吉川幸次郎「漢の武帝」(1949年)は、そうした漢の…

岩波新書の書評(288)河野健二「フランス革命小史」

古典のマルクス「ルイ・ボナパルトのブルュメール18日」(1852年)から、比較的近年の遅塚忠躬(ちづか・ただみ)「フランス革命・歴史における劇薬」(1997年)まで、フランス革命に関する書籍は昔から誰の何を読んでも面白い。それはフランス革命を叙述す…

岩波新書の書評(284)網野善彦「日本社会の歴史」

書籍は著者が書きたいものを書き、それを出版して世に問いたいから彼は本を執筆するのが常だが、時に著者よりも出版社や編集者の方に売れ筋狙いや時代状況を勘案して「こうした書籍を自社から出して是非世に問いたい」強い思いがまずあって、後に著者に執筆…

岩波新書の書評(280)五木寛之「蓮如」

「世上の宗教家としての評価や専門の歴史研究にて、蓮如に様々な問題が指摘されているけれど、蓮如にはどこか不思議な謎めいた影があり、私はそこに心ひかれて親しみを感じる。私は蓮如が好きなのだ」。岩波新書の赤、五木寛之「蓮如」(1994年)は、蓮如の…

岩波新書の書評(264)梶村秀樹「朝鮮史」(その3)

(前回からの続き)朝鮮の人々の日本への渡航による「在日朝鮮人の形成」について、梶村秀樹「朝鮮史」(1977年)に「在日朝鮮人人口の推移」の図表が掲載されている(163ページ)。そのグラフによると、在日朝鮮人の人口推移は1911年は2527人、1915年は3917…

岩波新書の書評(263)梶村秀樹「朝鮮史」(その2)

前回からの続きで、梶村秀樹「朝鮮史」(1977年)にて特に読み所と思われる箇所を引き続き挙げておく。「第二次日韓協約(乙巳条約)締結」について。日露戦争後の1905年に締結。これにより日本は外交権を接収し韓国を保護国化して、統監府を設置した。第二…

岩波新書の書評(262)梶村秀樹「朝鮮史」(その1)

(今回は、講談社現代新書の梶村秀樹「朝鮮史」についての書評を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、梶村秀樹「朝鮮史」は岩波新書ではありません。)人にはそれぞれに寿命や天命があるのだから、私は近親の者や知人の死に対…

岩波新書の書評(256)川北稔「砂糖の世界史」

岩波ジュニア新書、川北稔「砂糖の世界史」(1996年)は、私の住んでいる町の古書店ではいつも在庫過剰で有名な新書である。私がよく行く古書店にて、川北「砂糖の世界史」はだいたい複数冊山積みで、ゆえに値崩れして常に安価である(笑)。というのは、近所…

岩波新書の書評(251)遠山茂樹「明治維新と現代」

1968年は明治維新の1868年からちょうど節目の百年目に当たり、この時期に明治維新ないし日本近代百年の歴史を再検討しようという機運が世論にて高まっていた。ところが、当時の自民党保守政権の佐藤内閣にて挙行された「明治百年記念式典」は、明治維新の高…

岩波新書の書評(249)兵藤裕己「後醍醐天皇」

岩波新書の赤、兵藤裕己「後醍醐天皇」(2018年)にて論じられている後醍醐天皇その人の概要をまず確認しておくと、「後醍醐天皇(1288─1339年)。在位は1318─39年。名は尊治(たかはる)。大覚寺統。即位ののち父・後宇多上皇の院政を廃止し、記録所を再興…

岩波新書の書評(234)北村暁夫「イタリア史10講」

近年、岩波新書から「××史10講」というタイトルで古代から近現代までの各国通史を新書の一冊で、それぞれ書き抜くという非常に大胆で面白い試みのシリーズが出ている。そのイタリア版に当たるのが岩波新書の赤、北村暁夫「イタリア史10講」(2019年)である…

岩波新書の書評(231)安丸良夫「神々の明治維新」

岩波新書の黄、安丸良夫「神々の明治維新」(1979年)の概要はこうだ。「維新政権が打ちだした神仏分離の政策と、仏教や民俗信仰などに対して全国に猛威をふるった熱狂的な排斥運動は、変革期にありがちな一時的な逸脱にすぎないように見える。が、その過程…

岩波新書の書評(229)東野治之「聖徳太子」

岩波ジュニア新書は、10代の中高生向けに書かれた岩波新書のジュヴナイル(少年少女向け読み物)である。岩波ジュニア新書の東野治之(とうの・はるゆき)「聖徳太子」(2017年)を手にして読み進めながら、私は日本古代史研究の専門家ではないが、「もし10…

岩波新書の書評(226)武田泰淳「政治家の文章」(その4 重光葵)

今回は岩波新書の青、武田泰淳「政治家の文章」(1960年)で取り上げられている重光葵について書いてみたい。「重光葵(しげみつ・まもる)(1887─1957年)。外交官、政治家。戦前の東条・小磯内閣、戦後の東久邇(ひがしくに)・鳩山内閣の外相。1945年、横…

岩波新書の書評(225)武田泰淳「政治家の文章」(その3 近衛文麿)

岩波新書の青、武田泰淳「政治家の文章」(1960年)で取り上げられている近衛文麿の概要はこうだ。「近衛文麿(1891─1945年)。五摂家筆頭、公爵。貴族院議長から首相に就任。組閣3回。後藤隆之介を中心とする学者・官僚の昭和研究会の支持を受け、東亜新秩…

岩波新書の書評(224)武田泰淳「政治家の文章」(その2 浜口雄幸)

岩波新書の青、武田泰淳「政治家の文章」(1960年)に関し、今回は本書で取り上げられている浜口雄幸について書いてみる。「浜口雄幸(1870─1931年)。立憲民政党総裁。大蔵省から政界に入り蔵相・内相を経て、1929年に首相。『ライオン宰相』といわれ、庶民…

岩波新書の書評(223)武田泰淳「政治家の文章」(その1 宇垣一成)

岩波新書の青版に武田泰淳「政治家の文章」(1960年)がある。武田泰淳は「近代文学」同人の文学者であり、小説家が書く「政治家の文章」タイトルだから政治家の文章を文学者が分析批評する文体論の新書かと思って読むと、そうではない。文体へのこだわりな…

岩波新書の書評(220)ハンケ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」

岩波新書の青、ハンケ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」(1974年)を手にして、「なぜヨーロッパ人のアメリカ・インディアン征服の話でアリストテレス!?普通はスペイン人のラテンアメリカの原住民支配では、アリストテレスであるよりはキリスト教…

岩波新書の書評(214)吉村武彦「大化改新を考える」

岩波新書の赤、吉村武彦「大化改新を考える」(2018年)の表紙カバー裏解説は次のようになっている。「六四五年、蘇我入鹿暗殺。このクーデターを契機とし、激動の東アジア情勢を背景に『大化改新』が始まる。新たな中央集権国家形成を目指した改革が実行さ…

岩波新書の書評(213)鈴木良一「応仁の乱」 呉座勇一「応仁の乱」

先日、岩波新書の鈴木良一「応仁の乱」(1973年)と、中公新書の呉座勇一「応仁の乱」(2016年)を続けて読んでみた。後者の呉座「応仁の乱」は近年の新書で世評人気が高く広く読まれている。本新書は増刷を重ね学術的新書としては異例のヒットであるらしい…

岩波新書の書評(212)貝塚茂樹「毛沢東伝」

岩波新書の青、貝塚茂樹「毛沢東伝」(1956年)は、そのタイトル通り「毛沢東の伝記」であって彼の生い立ちから後に近代中国を代表する政治指導者として活動するまでの伝記となっている。ゆえに毛の著作「矛盾論」(1937年)などの読み込みや批判的検討たる…

岩波新書の書評(207)桑原武夫「ルソー」

昔からルソーが好きだ、フランス革命に多大な影響を与えたジャン・ジャック・ルソー(1712─78年)が。ルソーについては岩波新書の青、桑原武夫「ルソー」(1962年)を始めとした既刊の詳しい解説書籍が充実してあるので各自参照してもらいたい。桑原武夫はフ…

岩波新書の書評(204)色川大吉「自由民権」

明治の自由民権運動史の書籍を読んでいると、そこはかとなく青臭い青春の若さゆえの、やるせなさを感じてしまうのはなぜだろう。確かに自由民権運動は明治国家の成立まもない時期の出来事であり、近代日本のまさに「立国の青春の時代」に当たるのだった。憲…

岩波新書の書評(203)勝俣鎮夫「一揆」

日本史における「一揆」の定義はこうだ。「一揆とは、揆(はかりごと)を一(いつ)にするという意味。武士・農民が特定の目的の下に地域的集団を結成すること。神仏に誓約して一味同心(いちみどうしん)の集団をつくった。武士の血縁的結合の党に対し、一…

岩波新書の書評(195)坂野潤治「明治デモクラシー」

岩波新書の赤、坂野潤治(ばんの・じゅんじ)「明治デモクラシー」(2005年)の概要はこうだ。著者によれば、これまで戦前日本の伝統となると右派の学者も左派の歴史家も家族主義、愛国心、天皇制、軍国主義だけに着目して、民主主義の「伝統」を軽視してき…

岩波新書の書評(187)奈良本辰也「吉田松陰」

吉田松陰に関する研究や評価は、福沢諭吉に関するそれとどこか似ている。戦前の天皇制ファシズムが華やかなりし頃には、吉田松陰は忠君愛国の志士として称賛され、戦後に大日本帝国が崩壊し戦後民主主義の時代を迎えると、今度は幕末からの先進的な開国論者…

岩波新書の書評(186)岩井忠熊「西園寺公望」

おそらく、どんな人にも好みの歴史上の人物が必ずいるに違いなく、私も日本史にて好きな人は数人いる。そして、その筆頭に近代日本の政治家、西園寺公望を私は挙げる。西園寺公望が昔から好きなのだ。私は、いつも西園寺に心惹(ひ)かれている。「西園寺公…