アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

2021-04-01から1日間の記事一覧

岩波新書の書評(410)田中彰「明治維新と西洋文明」

岩波新書の赤、田中彰「明治維新と西洋文明」(2003年)の概要はこうだ。 「男⼥の⾵俗、議会、⼯場、公園に博物館─ 明治初年、近代化の課題を背負って⼆年近い欧⽶視察の旅を続けた『岩倉使節団』にとって、⻄洋⽂明との出合いは衝撃の連続だった。その公的…

岩波新書の書評(409)指原莉乃「逆転力」

(今回は、講談社AKB48新書、指原莉乃「逆転力・ピンチを待て」についての書評を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、指原莉乃「逆転力」は岩波新書ではありません。) 先日、指原莉乃「逆転力・ピンチを待て」(2014年)を読んだ…

岩波新書の書評(408)齋藤孝「『できる人』はどこがちがうのか」

(今回は、ちくま新書、齋藤孝「『できる人』はどこがちがうのか」についての書評を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、齋藤孝「『できる人』はどこがちがうのか」は岩波新書ではありません。) 明治大学文学部教授(教育学)の齋…

岩波新書の書評(407)三浦俊彦「ラッセルのパラドクス」

岩波新書の赤、三浦俊彦「ラッセルのパラドクス」(2005年)のタイトルになっている「ラッセルのパラドクス」とは、素朴集合論において矛盾を導くパラドックスであり、「自分自身を含まない集合全体を考えると矛盾が生じる」というものだ。これは、ラッセル…

岩波新書の書評(406)寺沢拓敬「⼩学校英語のジレンマ」

岩波新書の⾚、寺沢拓敬「⼩学校英語のジレンマ」(2020年)の表紙カバー裏解説は次のようになっている。 「⼆0⼆0年四⽉から⼩学校で教科としての英語が始まる。『⽇本⼈の英語⼒向上の切り札』との期待と、『国語に悪い影響』『英語嫌いが増える』などの…

岩波新書の書評(405)⼭岡淳⼀郎「⽣きのびるマンション」

岩波新書の⾚、⼭岡淳⼀郎「⽣きのびるマンション」(2019年)の概要はこうだ。 「修繕積⽴⾦をめぐるトラブル、維持管理ノウハウのないタワーマンション…。難題⼭積のなか、住⺠の⾼齢化と建物の⽼朽化という『⼆つの⽼い』がマンションを直撃している。廃…

岩波新書の書評(404)⽊下武男「労働組合とは何か」

岩波新書の⾚、⽊下武男「労働組合とは何か」(2021年)の上梓に⾄る概要はこうだ。もともと著者が「労働組合論」の講義を法政⼤学にて1984年から⼗数年間、担当してきて、通年授業の半分以上は労働組合史の歴史部分であって、これを⼀冊の書籍にまとめたい…

岩波新書の書評(403)佐和隆光「経済学とは何だろうか」

岩波新書の⻩、佐和隆光「経済学とは何だろうか」(1982年)は、「経済学とは何か」とか「経済学とは何であるか」のタイトルではない。「経済学とは何だろうか」である。この「何だろうか」の優しく素朴な問いかけが、ともすれば10代の少年少⼥向け読み物た…

岩波新書の書評(402)細⾕博「太宰治」(その3)

太宰治の本名は津島修治である。太宰は⻘森県北津軽郡⾦⽊村の出⾝である。太宰の⽣家は県下有数の⼤地主であった。津島家は「⾦⽊の殿様」と呼ばれていた。⽗は県議会議員も務めた地元の名⼠であり、多額の納税により貴族議員にもなった。津島家は七男四⼥…

岩波新書の書評(401)細⾕博「太宰治」(その2)

「太宰治全集」にて私には⼀時期、太宰と⻑兄で家⻑たる兄・⽂治とのやりとりがある作品箇所だけ、わざと選んで読み返す楽しみの趣向があった。太宰治の本名は津島修治である。太宰は⻘森県北津軽郡⾦⽊村の出⾝である。太宰の⽣家は県下有数の⼤地主であっ…

岩波新書の書評(400)細⾕博「太宰治」(その1)

おそらく現在でも絶版・品切れにはなっていないと思うが、昔からちくま⽂庫で「夏⽬漱石全集」全⼗巻(1994年)と「芥川⿓之介全集」全⼋巻(1994年)と「太宰治全集」全⼗巻(1994年)が出ていて、私は⼀時期この三⼈の⽂庫全集を書棚に⼤事において毎⽇、…

岩波新書の書評(399)藤間生大「倭の五王」

「倭の五王」は、中国南朝の宋の正史「宋書」に登場する倭国の五人の倭王、讃・珍・済・興・武をいう。421年から502年の間に五人の倭王が宋ら南朝と13回通交した記事が「宋書」などにある。この間、およそ1世紀近くに渡り、晋、宋、斉の諸帝国に遣使入貢し…

岩波新書の書評(398)山鳥重「『わかる』とはどういうことか」

(今回は、ちくま新書、山鳥重「『わかる』とはどういうことか」についての書評を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、山鳥重「『わかる』とはどういうことか」は岩波新書ではありません。) 物事を「わかる」とはどういうことなの…

岩波新書の書評(397)本間龍「原発プロパガンダ」

岩波新書の赤、本間龍「原発プロパガンダ」(2016年)のタイトル中にある「プロパガンダ」については、「プロパガンダとは、政治思想宣伝のこと。ある決まった考えや思想・主義あるいは宗教的教義などを、一方的に喧伝(けんでん)するようなものや、刷り込…

岩波新書の書評(396)岡田正彦「人はなぜ太るのか」

岩波新書の赤、岡田正彦「人はなぜ太るのか・肥満を科学する」(2006年)のタイトルに引き付けて「人はなぜ太るのか」と聞かれれば、私の経験からして「それは必要以上に食べ過ぎだから」である。代謝異常などの病気の例外を除いて、健康な成人のほとんどの…

岩波新書の書評(395)村上陽一郎「コロナ後の世界を生きる」

2019年以降、短期間で一気に世界中に蔓延した新型コロナウイルス感染症(COVID─19)の昨今での日本国内での深刻な影響をもとに、「コロナで世界はどう変わったか」「コロナ後の世界で私達はコロナウイルスとどう向き合っていくべきか」を問う書籍が多く出さ…

岩波新書の書評(394)江口圭一「1941年12月8日 アジア太平洋戦争はなぜ起こったか」(その3)

(前回からの続き)1941年12月8日の日本のアメリカ・ハワイへの真珠湾攻撃に始まる日米間での太平洋戦争は、なぜ起こったのか。日米開戦の回避を目指した日本とアメリカとの日米交渉が不和に終わり、太平洋戦争が勃発した主要な理由を以下に挙げてみる。 (4)…

岩波新書の書評(393)江口圭一「1941年12月8日 アジア太平洋戦争はなぜ起こったか」(その2)

(前回からの続き)1941年12月8日の日本のアメリカ・ハワイへの真珠湾攻撃に始まる日米間での太平洋戦争は、なぜ起こったのか。日米開戦の回避を目指した日本とアメリカとの日米交渉が不和に終わり、太平洋戦争が勃発した主要な理由を以下に挙げてみる。 (3)…

岩波新書の書評(392)江口圭一「1941年12月8日 アジア太平洋戦争はなぜ起こったか」(その1)

1941年12月8日の日本のアメリカ・ハワイへの真珠湾攻撃に始まる日米間での太平洋戦争は、なぜ起こったのか。太平洋戦争(1941─45年)に至るまでの直近の歴史射程でいえば、開戦前年の日本の日独伊三国軍事同盟(1940年)の締結が、後に開催される日米交渉(1…

岩波新書の書評(389)マルクス・ガブリエル「新実存主義」

近年、メディアで取り上げられる事が多い気鋭の若手の人気哲学者のマルクス・ガブリエルである。氏は1980年生まれであり、岩波新書「新実存主義」(2020年)を執筆時にはまだ30代と若い。マルクス・ガブリエルはテレビや雑誌らマスメディアへの露出が多い。…

岩波新書の書評(388)鈴木敏夫「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」

テクノバンドの「YMO」について、以前に元「ピチカート・ファイヴ」(Pizzicato・Five)の小西康陽が「YMOは最高だったけど、でも彼らを取り巻く文化人とかスタッフとか正直言って嫌だったな。ただ理由なく嫌いっていうのは、何かわかんないけど、ゴメン」と…

岩波新書の書評(387)笠原十九司「南京事件」

岩波新書の赤、笠原十九司「南京事件」(1997年)のタイトルになっている「南京事件」については、「南京事件は、日中戦争(支那事変)初頭の1937年12月、日本軍が南京を占領した際、約二カ月にわたって多数の中国軍捕虜、敗残兵、便衣兵および一般市民を不…

岩波新書の書評(386)遠山啓「数学入門」

私が高校生だった1980年代に当時、駿台予備学校の数学科に在籍していた秋山仁の数学の大学受験参考書が流行ったことがあった。その時の秋山仁の数学参考書といえば、例えば駿台文庫「発見的教授法による数学シリーズ」全7巻(1989─95年。森北出版から2014年…

岩波新書の書評(385)見田宗介「現代社会の理論」

岩波新書の赤、見田宗介「現代社会の理論」(1996年)は1996年初版で2016年には第30刷となっており、相当に多くの人に長い間読まれている。本書のサブタイトルは「情報化・消費化社会の現在と未来」であり、全四章よりなる。その目次を書き出してみると、「…

岩波新書の書評(384)佐々木毅「政治の精神」

岩波新書の赤、佐々木毅「政治の精神」(2009年)を手にしてまず思うのは、著者の佐々木毅が政治学者の福田歓一の弟子であり、また佐々木は東京大学総長(第27代)を務めた人でもあるから、2009年出版の本新書にて当時の日本の政治状況に絡(から)めて、ど…

岩波新書の書評(383)渡辺照宏「死後の世界」

私達は死の問題について無関心ではいられない。しかし、私達は死に関したはっきりしたことを何も知らない。「死後の世界は存在するのか、そもそも存在しないのか!?」こういう形で問題を提起しても、死後の世界の存在を誰も肯定することも否定することも容易…

岩波新書の書評(382)加藤周一「羊の歌」

岩波新書の青、加藤周一「羊の歌」(1968年)に関し、昔から私は思っていたけれど本書は読んで、そこまで面白くはない。今回、本新書についての文章を書くので久しぶりに読み返してみたが、やはり面白くなかった。 加藤周一「羊の歌」は「わが回想」というサ…

岩波新書の書評(381)林三郎「太平洋戦争陸戦概史」

先日、たまたま書店に立ち寄ったら岩波新書の林三郎「太平洋戦争陸戦概史」(1951年)が「岩波新書クラシックス限定復刊」で復刊されていたので、本書はすでに昔の版を所有していたが、つい購入してしまった。 本新書はそのタイトル通り、第二次世界大戦の東…

岩波新書の書評(380)筑紫哲也「スローライフ」

岩波新書の赤「スローライフ」(2006年)の著者である筑紫哲也については、 「筑紫哲也(1935─2008年)はジャーナリスト、ニュースキャスター。大分県日田市出身。1959年、早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。政治部記者、ワシントン特派員、…

岩波新書の書評(379)藤沢令夫「プラトンの哲学」

古代ギリシアの哲学者のプラトンについて、岩波新書では「プラトン三部作」というべきものがあった。斎藤忍随「プラトン」(1972年)と、藤沢令夫「プラトンの哲学」(1998年)と、納富信留「プラトンとの哲学・対話篇をよむ」(2015年)である。一つの新書…